TMネットワークと俺


今週のお題「わたしの好きな歌」

15歳の頃、思春期特有の患いというか、みんなも経験あると思けど、中々寝付けない中学生だった。

いつも思い出すのは夏の深夜、ベッドに横になって電気を消したまっ暗い部屋でいつもあれこれ考えていたことだった。

色々と大人の不条理だとか、将来のことだとか、自分の価値だとかぼんやりとではなく自分の都合のいいことばかり夢のような青いことを考えていた。尾崎豊症候群とでもいうんだろうか。

その時、いつも流していた曲、といっても当時の少ないお小遣いであまり音楽は持てなかったので、中古で買った数枚のCDから選曲していた曲があった。

TMネットワークのEXPOはその中の1枚で良く聞いていたレコードだった。

EXPOについては、ひそひそ星 徹底した静の映画 - 追憶行 の記事でも書いたんだけど、暗い部屋の中で流すその楽曲は、特有の機械音が心地良くて、世界で自分一人だけどこかに取り残されたような感覚にしてくれた。

そして、We Love The Earth を聴きながらいつも想像してた。部屋の中はまっ暗い機械音だけが流れる部屋なんだけど、頭の中で想像する世界は炎天下、陽炎が立ち上がる見知らぬ住宅街だった。

僕はそこをあてもなく歩いていて、その住宅街の見通しの悪い塀がある曲がり角を曲がった時、まだ見知らぬ誰かと出会う。そんな世界を想像していた。

それは、

あの日、遠い街を僕は歩いていた、君の姿映す。春の蜃気楼。

の歌詞から受けたイージーな想像で、あの頃の僕の単純な思考回路ではそれがすごくエモいものだと思っていた。いや、今でもその想像はエモいと思っていて、その風景を探しながら、時々散歩したりする。

段々と大人になっても、20代前半の頃まではそんな単純な夢みがちな想像は続いていた。

けど、段々と日々の仕事に責任が増してくる中であまり思い出すこともなくなった。仕事が終わると酔っ払ってすぐに寝て、また朝早く起きて仕事する。多忙を極めたこともあった。

いつか深夜に休日出勤したことがあった。

電気がついた雑居ビルの1フロアでデスクワークをしていた。

オフィス街は少しのお店の灯りがあるだけで寝静まってた世界だった。

タバコを吸いに外に出た時、はっとした。それは15歳のあの頃の部屋とは全然違うんだけど、この世界で自分一人だけ取り残されみんなどこか違う世界へ行ったかのような感覚が蘇ってきた。

深夜の静けさが好きだ。今でもWe Love The Earth やEXPOの中の曲を深夜にかけることがある。

僕はその世界に浸るのだ。

このポエムを書いているように、僕の思考回路はあの頃と変わってなかったのだ。